時計の針を前に後ろにずらす核酸アプタマーの作成に成功

豊橋技術科学大学次世代半導体・センサ科学研究所 応用化学・生命工学系沼野 利佳教授の研究チームである、テクノプロR&D社の社会人博士後期課程中澤 和雄氏、菊池 洋名誉教授らは、産業技術総合研究所健康医工学研究部門の中島 芳浩グループ長との共同研究で、体内時計の針を前や後ろにずらして、朝すっきり目覚めたり、夜速やかに寝られたりするなどの作用が期待できる核酸アプタマー(Melaptと命名)の作成に成功しました。

我々の体内時計は、脳にある中枢時計が発振する約24時間の独自の概日リズムによって駆動されていますが、毎朝光を浴びることで概日リズムの時刻(位相)をリセットし、地球の明暗サイクルに同調しています。その同調機能は、網膜細胞にある青色の光受容体メラノプシンが、朝の青色の光を受容し、そのシグナルを目の神経を介して、脳の概日リズム中枢時計に伝えていることでなされています(図1)。

まず、メラノプシンを有する細胞を用いたCell-SELEX法という手法で、メラノプシンに特異的に結合するアプタマーMelaptを15種類選び出しました。昼に強く光り、夜に弱く光る約24時間周期の発光振動を示す組換え遺伝子Period2Emeraldluciferase (Per2ELuc)とメラノプシン遺伝子が導入されている組換え繊維芽細胞(Per2:: ELuc::TK::OPN4 細胞)を用いて、Melaptの機能解析をしました。細胞の発する発光リズムを経時的に3日ほど観察した後、その細胞に各Melaptを添加し、同時に青色LEDライトによる光刺激を加えました。Melaptの結合により、細胞の持つ概日リズムの発光振動の位相も変化するという実験系です(図2)。

具体的には、Per2:: ELuc::TK::OPN4 細胞に発光基質を加え培養しながら、光電子増倍管(PMT)で計測すると、約24時間周期の発光振動が観察されますが、各Melapt は この発光リズムに、様々な位相変化をもたらしました。Melaptを添加せず光照射だけのコントロールでは、1時間ほどしか位相はずれませんが、明け方(明るくなる2時間前、CT22:Circadian Time 22)の光刺激とともにMelaptを加えると、9時間までのリズム位相を前進や後退させるものが見つかりました。また、夕方(明るくなってから8時間後、CT8:Circadian Time 8)の時刻に光刺激とともにMelaptを加えても、6時間ほどのリズム位相の前進や後退が見られました(3)。刺激の時刻によらず、ともに時計の時刻を前進や後退に変化させる Melapt 2個、明け方と夕方で反対に変化させるものは3個あり、使い分けによる利便性が期待されます(4,5)

また細胞と同様に、概日リズムの時刻が、各組織の24時間周期の発光振動で観察できるPeriod1luciferase (Per1Luc)組換えトランスジェニックマウスの目に、アプタマーを導入し光を照射することで、網膜から神経連絡を受ける中枢時計(視交叉上核SCN)のリズムの位相がどう変化するかを調べました。その結果、3時間までと位相差は小さくなりますが、細胞の実験で得られた位相変化とほぼ同じ結果でした(図6)。これは細胞でスクリーニングをしたMelaptが、マウスの個体レベルでも同様に機能することを示しています。

DNAアプタマーは、タンパク質などの標的物質と特異的に結合するDNA断片で、化学合成で簡単に安価に合成でき、化学修飾が容易で、抗体のように免疫原性がないなどのメリットから医薬への応用も期待されています。 今回見出されたアプタマーMelaptによって将来は、哺乳類の概日リズムの位相を3時間ほど前や後にずらすことができる可能性が示されました。

 

 

書誌情報:
 Melanopsin DNA aptamers can regulate input signals of mammalian circadian rhythms by altering the phase of the molecular clock.

Frontiers in Neuroscience, Volume 18, 2024 Sec. Sleep and Circadian Rhythms

DOIhttps://doi.org/10.1002/2211-5463.13377

 

 

 

メラノプシンによる概日リズムの位相変化

網膜細胞にある青色の光受容体メラノプシンが、毎朝の青色の光を受容し、そのシグナルを目の神経を介して、脳の概日リズム中枢時計に伝えます。その刺激で、概日リズムの時刻(位相)をリセットし、自己のリズムを地球の明暗サイクルに同調させている。

 

 

2A メラノプシンDNAアプタマーによる機能変化概略図

網膜細胞の光受容体メラノプシンが、朝の青色の光を受容し、概日リズムの位相をリセットし、外界の明暗サイクルに同調している。DNAアプタマーMelaptは、メラノプシンに結合し、細胞へのシグナル伝達を介して、その同調機能を変化させ、概日リズムの位相をかえる。Melapt添加と青色光照射で、視神経が興奮し、網膜視床下部経路脳を介して脳の中枢時計SCNにおいて、時計遺伝子 Period 1,Period 2の一過的な発現誘導がおこる。その後、SCN内のリズム位相が変化し体内に発振されて、個体のリズムが変化する。この一連の反応経路を、細胞にて観察できる実験系をMelaptの機能スクリーニングに用いた。

2B 光刺激に対しPer2:: ELuc::TK::OPN4遺伝子組換え繊維芽細胞のリズム位相変化

組換え遺伝子Per2- ELucと、メラノプシン遺伝子が導入されているPer2:: ELuc::TK::OPN4遺伝子組換え繊維芽細胞に、各アプタマーを添加後、青色LEDで細胞に光照射し、Per2- ELucの約24時間周期の発光振動の位相変化で細胞の時計の位相変化を観察する。

 

 

3

Per2ELuc組換え細胞に夕方のアプタマー注入・光照射後位相前進・位相後退

夕方(明るくなってから8時間後)の時刻に光刺激とともにMelaptを加える前と後でPer2ELuc発光振動のピークの移動でリズム位相の前進や後退を算出した。コントロールと15種類のMelaptの結果を、グラフの縦軸の正方向は位相前進、負方向は位相後退でプロットした。6時間までのリズム位相の前進や後退が見られた。

横軸は細胞の培養時間(時間)、縦軸はPMTの発光カウント。上の緑が一連の刺激前で、下の紫が刺激後の発光振動。赤い三角がピークの位置。青色破線時点でアプタマーを添加、青色光照射を実施。

 

 

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明け方CT22と夕方CT8の光刺激に対しPer2:: ELuc::TK::OPN4細胞のリズムが同じ方向性の位相変化させるMelapt

(左:光照射時刻と発光リズム) Melapt4を添加後、青色LEDで細胞に光照射し、Per2:: ELucの発光振動の位相変化にて、細胞の時計の位相変化を観察する。横軸は細胞の培養時間(時間)、縦軸はPMTの発光カウント。上の緑が一連の刺激前で、下の紫が刺激後の発光振動。赤い三角がピークの位置。青色破線時点でアプタマーを添加、青色光照射を実施。

(A-D) Per2:: ELuc::TK::OPN4遺伝子組換え繊維芽細胞に、明け方(明るくなる2時間前のタイミングCT22)と夕方(明るくなってから8時間後のタイミングCT8)に、細胞に各アプタマーを添加し、同時に光照射するもの(A,C)、しないもの(B,D)について、Per2-ELuc発光振動の位相変化。コントロールは、アプタマーの添加なし、細胞にLED光照射のみでの位相変化。グラフの縦軸の正方向は位相前進(赤)、負方向は位相後退(青)、コントロールは(黒)。明け方と夕方の光刺激に対し、繊維芽細胞のリズム位相変化が後退と前進について同じ変化をするMelapt (Melapt 410)

(A)明け方のアプタマーと細胞への光照射後の発光振動の位相変化。 (B) 明け方のアプタマー添加後の位相変化。(C) 夕方のアプタマーと細胞への光照射後の位相変化。 (D) 夕方のアプタマー添加後の位相変化。

 

 

5

明け方CT22と夕方CT8の光刺激に対しPer2:: ELuc::TK::OPN4細胞のリズムが逆方向性の位相変化させるMelapt

(左:光照射時刻と発光リズム) Melapt1を添加後、青色LEDで細胞に光照射し、Per2:: ELucの発光振動の位相変化にて、細胞の時計の位相変化を観察する。横軸は細胞の培養時間(時間)、縦軸はPMTの発光カウント。上の緑が一連の刺激前で、下の紫が刺激後の発光振動。赤い三角がピークの位置。青色破線時点でアプタマーを添加、青色光照射を実施。

(A-D) Per2:: ELuc::TK::OPN4遺伝子組換え繊維芽細胞に、明け方(CT22)と夕方(CT8)に、細胞に各アプタマーを添加し、同時に光照射するもの(A,C)、しないもの(B,D)について、Per2-ELuc発光振動の位相変化。コントロールは、アプタマーの添加なし、細胞にLED光照射のみでの位相変化。グラフの縦軸の正方向は位相前進(赤)、負方向は位相後退(青)、コントロールは(黒)。明け方と夕方の光刺激に対し、繊維芽細胞のリズム位相変化が後退と前進について逆の変化をするMelapt (Melapt1,3,13)

(A)明け方のアプタマーと細胞への光照射後の発光振動の位相変化。 (B) 明け方のアプタマー添加後の位相変化。(C) 夕方のアプタマーと細胞への光照射後の位相変化。 (D) 夕方のアプタマー添加後の位相変化。

 

 

6A-I   明け方にPer1-Luc組換えTgマウスの目にアプタマー注入と光刺激後のSCNスライスのリズム

Period1-luciferase (Per1-Luc)組換えTgマウスの目に8種類のアプタマーを注入し、光を照射後 SCNスライス培養のPer1-Luc発光リズムの位相変化とコントロール。横軸はSCNスライスの培養時間(時間)、縦軸はPMTの発光カウント。

(A)コントロールは、溶媒のみ目に注入したTgマウスに光照射のみでのPer1-Luc位相変化。 (B) Melapt 01. (C) Melapt 02. (D) Melapt 03. (E) Melapt04. (F) Melapt 07. (G) Melapt 09. (H) Melapt 10. (I) Melapt 11Tgマウスに注入し光照射後、SCNスライスのPer1-Luc発光振動の位相。

6J   明け方、Per1-Luc組換えTg マウスの目に8 種類のアプタマーを注入し、光を照射後 SCN スライス培養のPer1-Luc発光リズムの位相変化とコントロール。コントロールは、溶媒のみでアプタマーの添加なし、光照射のみでの位相変化で、このピークの位置を基準とした位相差を示す。グラフの縦軸の正方向は位相前進(赤)、負方向は位相後退(青)。

 

 

 

 

研究発表  2024.06.10